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甘いのは御好き。
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嘘をつくとき、ひとは優しい顔をする。

元気になれる薬だからと、今更の嘘に今にもなって喜んで見せる気概もなくて、以前より痩せこけた腕をわたしは何も言わずに差し出した。
陽も知らぬ白い肌を汚した無数の青い痣、重ねるように銀の針が穿てば、慣れた痛みはもう解らない。
硝子の管に満ち満ちた色も無い毒は我が身へ消えてゆく。針の先から侵される静脈の凍てる感覚に、不確かな意識の中でわたしは笑った、かもしれない。お兄さまが微笑み返してくださったから。
針を抜いた後、ただひとしずく肌に転がる紅だけが鮮やかで、この躯にもそういえばまだ血の巡ることを知る。

「おいで、ヴァニーユ」

痩せさらばえて軽い躯に、反比例して気怠い重みは増してゆくばかり。身を起こしているのさえ億劫で、怠さに任せてしなだれて、甘い香りに抱き止められて。
その温もりがどこか遠くて、どうしようもなく寒かった。
目蓋の裏が白む感覚。脳髄が不安定でいるみたいなあの眩暈。支える腕を失ったならきっと崩れ落ちてしまいそう。

「お兄さま、……」
「大丈夫」

綺麗なお顔に極上の微笑。
わたしに毒を与えたその手でわたしの髪を撫でる、そのひとが偶に怖くなる。それでも、不安を紡ぐ唇を温い口付けで塞いて、震える肩を抱き締めてくださると、たったそれだけで赦してしまう。
割れ物を扱うような指先も、仔猫にするような頬擦りも、だってこんなにもいとおしい。
お兄さまの考えは知れないけれど、疑うことはきっとお気に召さないのは分かる。嫌われたくない。考えたくない。
だから眩暈さえ好都合。

「ねぇ、眠いの」

カーテンのレースの模様で射し込む陽はまだ白色で、窓の外はまだ明るい。

「眠るといい」
「でも、怖い夢をみる」

怠さと浮かない物思いが夢の中まで付き纏う。
目覚めると忘れる夢はそれでもいつも怖くて、頬を濡らした涙が乾かないままでいた。
今日みたいな日はきっとまたあの夢をみる。

「ここにいるよ」
「……ほんと?」

縋る腕の促すままに身を沈めれば、嵩のある羽毛の枕が音もなく受け止める。無造作に広がった髪をお兄さまは整えてくださって、目蓋の上に触れるだけの口付けをした。
袖を引いてねだれば頭の後ろに回された腕の感触に、頬が緩む。寄り添う体温を抱き寄せれば、わたしを映して飴色の瞳が幅を狭める。

「怖い夢は見させないから。おやすみ」

お兄さまがまた嘘を吐く。
甘い声だから知っていた。


その夜半に目覚めて忘れなかったあの夢は、お兄さまをこの手で殺めてしまう夢。
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